昇り降りの日々

学務様が見てる

僕は今のところ何者なのか

「ここまで来たらあるもので戦わなければいけない」ということを先輩に言われたことがあり、それが脳にこびりついて離れないのでとりあえず僕が今できることは何だろうかと考えてみます。

 

1:物理

一応それなりのとこの学部は出てるし、ガウス積分もできるから学部程度の物理はそれなりにできるといってもいいんじゃないでしょうか。これは割と強い気がするんだよな。あと研究室で取り扱ってる非平衡統計とかは経済物理とかその他かなり広いとこに使われているので、その知識が多少なりともあるのはいいんじゃないだろうか。

 

 

…あとはない。今のところ。というわけでせめて発展途上の物を書き出します。

 

1:英語

センター試験の頃はWPMがクッソ早かった気がするけど今はかなり衰えている。TOEIC700位取れれば得意と言ってもいいかもしれない。

 

2:プログラム

やっと重い腰を上げてプログラムの勉強をし始めた。とりあえずPythonの入門書を一冊やり切った。ほかにモチベーションが湧かなかったので、後輩に勧められたPythonのDeepLearningの本を読んでいる。こればっかりは何を以て「できる」と言っていいかわからないけど、少なくとも今現状できるとは言えない。Paizaというサイトでアウトプットは練習しているが、結果しか見られないので、どんどんスパゲッティを作るのがうまくなっていく。コードを他人に見てもらうという経験が必要な気がするけど、どうやってしてもらえばいいんだ。

あとせめてもう一個くらい言語できたほうがいいだろうなぁという気がする。

C++がおすすめと言われたけど…

 

3:資格

とりあえず危険物取扱責任者乙4種をとった。次は電気工事士を取ろうと思っている。とりあえずこの二つがあればくいっぱぐれなさそう。

 

あと一個くらい何者かになれる何かが欲しい。身に着けるとしたら何だろう。楽器とかかな。ピアノを練習しなおそうかしら。

リセットボタン

脳の中がとっ散らかってるのでとりあえずアウトプットする。あとで書き直す。

 

小学生の頃、対戦ゲームをよくしていた。親に黙ってゲームボーイを持ち出し、友人のそれと通信ケーブルをつないだ。こんなシチュエーションで、ゲームが不利になったととわかると電源を消したり、ケーブルを抜いたりしてリセットすることでその対戦をなかったことにする人間がいた。彼の中でその負けは無かったことになるのだ。

ゲームの話をしたいわけじゃない。でも僕もよくリセットボタンを押す癖がある。

人間関係の清算Twitterのアカウント、過去の失敗をなかったことにするためにその痕跡を消し、何もかもなかったことにしようとする。中学高校の思い出したくない記憶を友人たちに押し付け、関係を断つことでそれを清算してきた。

 

僕はまた、これまでとはまた違った、大きめのリセットボタンを押そうとしている。

 

研究が辛い。クリスマスイブのそれほど寒くない夜、友人と赤坂のラーメン屋でベタ生を食べながら気づいてしまった。僕はドクターに進むつもりだった。大学入学前からずっとそう思っていた。僕はきっと、ドクターでは戦えない。それはおろか、修士すら戦えるかわからない。そんなことを考えている間に麺は伸びきってしまった。

これは僕にとってかなり衝撃的なことだった。帰りの電車で友人と話しているとき、「マスターで就職したい」と僕の口からはっきりと出た。自分がこんなことを考えていたなんて。その時の雰囲気で口をついて出た言葉だったかもしれない。でもその時気付いた気持ちは、日に日に大きくなっていった。記事にも書いた。

ladder-frck.hatenablog.com

多分卒論の時期だったと思う。僕は逃げの一手を模索していた。辛いことをしたくない。苦労をしたくない。そんな気持ちからだったのだと思う。

気持ちが迷走しすぎて過去の自分に手紙まで書いた。

ladder-frck.hatenablog.com

めったに親に相談事をしない僕が、親に時間を取ってもらい、話し合いをした。

「大学院入学をやめたい」「本当に物理が好きなのかわからない」、そんなことを話した気がする。大学入学と同時に家を出て、あまり連絡を取らなかったのもあってきっと驚かれるだろうと思ったけど、割とあっさりと受け止められた。その時の結論としては、まず大学院には入学する、その後の進路、例えば大学院を変えたり就職したりは入学してから考えること、ということになった。まあ一か月内くらいですべてを決めようと焦っていたので、賢明な判断だったと思う。

 

それから2か月ほどたった。ただただ辛い。原因は複数あると思うけど、どれがクリティカルに効いているのかわからない。

実はまだ何も研究していない。研究テーマがない。でも進捗を求められる。

少しずつ「逃げたい」という気持ちが大きくなる。視界の端にリセットボタンがちらつく。

 

ついに大学院を変えようと決心した。リセットボタンに手をかけた。

でもこれでダメだったらどうしよう。僕は研究に適性がないだけなのでは?

でもこれでダメだったらあきらめがつくかもしれない。僕は研究に適性がないという烙印を押されるだけの話だ。

 

逃げて逃げて逃げまくれ、嫌なことを味わいたくない、苦しいことはしたくない、努力なんてしたくない。肩書にとらわれている僕はきっとこのまま中身が空っぽなものを求めているだけなのだ。ただただ怠惰。適正って何だろう。僕は特に何かできるわけじゃない。プログラムを最近書き始めたくらい。こうもしている間に僕の中の猛獣は暴れだしていずれその姿を虎に変えてしまう。

 

大学院をやめさせてください、研究室を変えたいです、その一言が言えない。

それはつまり「お前のことが嫌いだ」と宣言するに等しいのだ。常に鞭を打たれている状態でも、飴玉一つ与えられるだけでいつものチキンに逆戻りだ。

このままの状態で「社会」とやらに出れるのか?僕は本当に社会なんだろうか。

 

酷くなってきたのでとりあえずここまで。

僕に近づかないで

こんな僕でも、少ないながら自信をもって友達と言える人はいる。

でもその中には、「きっと同じ大学や組織にいたら、友達になるどころか嫌われていただろう」という人達がいる。

彼らが言う「こんな人が嫌い」と言うものに僕はまるっきり当てはまっている。近くで生活をしている人たちからはそれをよく注意されたりする。でも遠くの人たちは普段の僕がどんな行動や性格をしているのか知らない。

躁状態の僕しか知らないのだ。楽しいことをしているだけの僕、友人の言葉に首を縦に振る僕、そんな都合のいいことだけをしている。

その人にとって都合のいい部分だけを晒して、それ以外の部分は、また別の都合のいい人間に晒している。僕は僕を切って分けて、人によって見せる部分を変えている。

 

僕は少し嘘をついている。この記事にも嘘が入っている。けど、その嘘をついている僕も僕自身で、そんな嘘で良くないところを隠した僕も僕だ。偽物を好いてもらってるとまでは言わない。でもなんだか、自分がたくさんいるみたいだ。

なによりも、自分が好いている人たちに嫌われるのが何よりも怖い、心の中を覗いてほしい願望もあるけど、もうこれより先は僕に近づいてほしくないという気持ちもある、めんどくさい人間である。

大人

自己紹介をします。

スクリーンネームははしご、もうすぐ大学院生の22歳です。

 

そう、22歳なのだ。わかるか、君は「大人」なんだよ。

本当は「社会人」として世にでて、「社会」に貢献しなければいけない歳なんだ、わかるかい?君は一円も自分で稼いでない。アルバイトはそれに入らないよ。税金も納めてないのに文句を言うなよ。自分で選んだ道だろ、もう「大人」なんだから、しっかりしなさい。

 

そんな言葉を、もう何度聞いたのだろう。社会ってなんだよ、大人ってなんだよ、どうせみんな訳もわからないまま働いてるだけだろ。自分がやっていることを正しいと思いたいから「大人」とか「社会」なんてくくりを勝手に作って悦に入ってるだけだろ。お前だって何もわかってないくせに、そんな大層な志も無いくせに、下らん見栄とプライドのために僕を踏み台にするな。こんなことを言う僕が子供だと思うか。僕は僕だ。そんな不連続的に人間は変わらない。お前はなにも考えずに働き、尽くしてくれる人間を踏み台にし、適当に政治に文句を言う。あぁ、なんていい身分なんだ。アドバイス?バカじゃないのかお前の自分語りを聞いてもなんのためにもならねえんだよ、もう指図しないでくれ、僕はお前たちの言う「社会」の養分じゃない。

 

なんて、考えてみても、結局僕も下らない自己実現とプライドと、耳触りのいい言葉だけで自分の心を満たしたいるんだよな、やりきれない。

想定通りの想定外

こんにちは、高校生の僕。卒業パーティーは楽しめましたか?彼女は大事にしていますか?卒業おめでとう。僕は4年後の君です。僕は無事に留年もすることなく、ストレートで卒業を決めました。でも卒業するまでにちょっとだけ苦労することを伝えておきます。まあ、僕が悪いんだけどね。僕は今、論文を読むことを諦めてお酒を飲んで暖かい布団の中で音楽を聞いています。最近またUNISON SQUARE GARDENにはまっています。オリオンをなぞってた彼らです。多分CIDER ROADというアルバムは発売されてるはずなので聴いてみてください。「シャンデリア・ワルツ」という曲がお気に入りです。

 

さて、君は無事に志望校に合格して、未だ見ぬ物理(もしくはアカデミア)の世界への憧れを抱いていることでしょう。意外かもしれませんが、僕は今物性系の研究室にいます。今の君は素粒子が世界の全てだと思っているかもしれないけど、思いの外物性も面白いんですよ。学生生活も、想像していたものとは違うけど、それなりに充実しています。相も変わらず先輩には恵まれています。少ないけれど、大切だと思える友達もいます。今振り返ると4年間は想像以上にあっという間で、何もかもが新しかった高校時代とはちょっと違ったなぁ、と感じています。あと、これだけは言っておかなければならないのですが、君はまたオタクに戻り、ついにアイドルを追いかけ始めます。詳しくは述べませんが、そういう運命なのです。談話室でごっちくんがアニメを見始めます。それが終わりの始まりです。

 

閑話休題。本題に入ります。僕がこの手紙を書いているのは、君に未来を伝えたいから、というわけではないのです。単刀直入に言うと、僕は悩んでいます。君は全校生徒の前で「◯◯大学に現役合格をし、絶対に物理学者になる」と高らかに叫びましたね。一つ目の夢は叶いました。君もよく知るところです。詳細は言いませんが、君が叫んだその言葉が枷になり、かなり苦しんでいます。調子にのって余計なこといいやがって。しばらく気づいていませんでしたが、僕はアイデンティティを「物理をしている自分」もしくは「何かに向かって努力する自分」に求めていたらしいのです。今の僕は、何を目指せばいいのかわからくなってしまいました。

 

教えて下さい。今、人生で一番希望に満ち溢れた君は、どんな夢を持っていますか?どんな未来を描いていますか?大事なものは何ですか?好きなことは何ですか?譲れないものって何ですか?君が当たり前に抱いていたものが、今の僕にはわからないのです。時の流れは残酷で、4年間という時は人間の考えをそれなりに変えてしまうようです。考えても、考えても、何をしたら幸せになれるのか、そもそも僕はどんなことが幸せなのか、わからないのです。

捲し立てるように質問を投げかけてしまってごめんなさい。希望に溢れる君にこんな話をしてしまってごめんなさい。でも、それくらいに悩んでいるのです。

もし余裕があれば、今の君のお話を聞かせてください。僕はもう、昔のこと(卒業パーティーのことさえも!)は忘れてしまいました。歳ですね。

 

また進展があったら、お手紙を書きます。残り少ない離島ライフを楽しんでください。

機会があればいつか、海の見えるあの丘でゆっくりお話をしましょう。福岡の方ね。

それでは、また。

 

追伸

先史学入門は履修するな。

人生の岐路に立つ僕たち

友人達と4日間のお泊まり会をした。

愛媛に住む友人の家に、福岡から来た僕と、東京から1人、京都から1人集まった。こんな辺鄙な土地*1にこれだけ集まるのは彼の人徳の為すところで、相も変わらず裏表のない笑顔で僕たちを迎えてくれた。毎朝交代でご飯を作り、軽自動車で瀬戸内海を爆走し、地元の酒を飲んでばか騒ぎし、たまに真面目な話をしてみたり、狭い部屋に4人寝転がって仲良くいびきをかいて、本当に楽しい時間だった。軽自動車はちょっと壊れた。修理費で5万円飛んでいった。

どうであれ、こんな風に集まれるのは多分学部生の特権だ。今は全く物理に対する情熱はないけど、彼らと出会えて*2、こんな風に楽しい時間を過ごせたことを考えると、背伸びをしてでも物理をやっててよかったと思えた。

 

しかし、「あぁ、この4日間本当に楽しかった」、だけで終わるような気持ちになれないのも事実だ。

僕たちは岐路にたっている。今は同じ道を行くけど、きっと少しずつ別の道を歩むのだと思う。 大学院生になって、今よりもっと忙しくなって、いつか働き初めて、もうこんな風にみんなが集まってわちゃわちゃとするなんて出来ないんだろうなぁ、と思った。

みんな少しずつ新しい自分の場所を作り始めて、新しい職場や、新しい家族をもって、少しずつ価値観も変わって、もしかしたら噛み合わなくなってくる人も出てくるのかもしれない。自分を守ることで精一杯な僕たちも、「大人」になることを強いられている。だからこそ、この4日間自分達の欲望のために過ごせる時間は何よりも尊いもので、また、今までの陽気な暮らしに別れを告げ、ちょっとだけ「大人」になるための儀式でもあった。

この夢をいつまでも繰り返せればと願ってもむなしく、いつか過去になる日は白波の向こうに沈んでいき、僕の乗るフェリーは時間の矢に従って現実を目指し進んでいる。

 

数少ない、僕のことを好きでいてくれる友人達を想って、少しだけ瀬戸内海で泣いた。きっとそれが自惚れであったとしても、いつかそうじゃなくなってしまう日が来ても、少なくとも今の僕はとても幸せなんだと思う。

*1:愛媛県民ごめん

*2:彼らとは物理の夏の学校で出会った。たまたま性格や趣味が合ったこともあり、非常に仲良くさせてもらっている

怒られるのが本当に怖い

これは「言い訳」である。

 

タイトルの通りだ。怒られるのが本当に怖い。怒られること自体もそうなのだが、怒られるのではないか、という実際に起きてないことに対する恐怖もかなりある。

叱られることじゃなくても、ちょっと指導をされたり、大きめの声で名前を呼ばれるだけでも心が思い切り握りつぶされるような気持になる。

僕の大学の教員に、激しいアカハラを受けて心が壊れてしまった先生がいて、その先生の口癖が「怒られたらどうしよう…」なのだ。作業中の学生が集まった、静まり返った実験室にそのひとりごとがただひたすら響く。みんなそれをバカにしていたけど、正直僕は笑えなかった。みんな同じような感情を持ってると思ってたけど、どうやら違うらしい。

 

最近はないが、僕も精神が擦り切れてるときは虚空に向かって「ごめんなさい」とひたすら連呼してしまうことがある。突然心臓の下の方がぎりぎりと締め上げられるような感覚に襲われて、見えない恐怖にただひたすら許しを請うしかなくなってしまう。ドアを開け閉めする音も、足音でさえも僕を追い詰める。それを唱えたって心が楽になるわけじゃなくて、むしろどんどん追い詰められていってしまったしまいに叫びだしてしまう。

なんでこうなってしまったのかわからない。幼いころの指導なのか、中学生くらいの悪しき歴史のせいか。

小学生の頃にもすでに「怒られたらどうしよう」という感情があった。虚空に許しを請うのではなく、その形の恐怖が襲ってきたとき、ただひたすら泣き続けていた。多分あの頃の僕は学校で一番泣き虫だったかもしれない。

でも、成長するにつれ、泣くことが許されなくなって、代わりに逃げ出すことを覚えたけど、大学の終わりが近づいてきて、みんなが言う「社会人」は逃げることが許されないことをなんとなく悟り始めた。

大学時代のトラブルは、ほとんど逃げることで解決してきた。怒られないために、考えないようにするために、すべてを放り投げて逃げ出していたけどこの先どうすればいいのだろう。明確な解決策を見出して、身につけないと、少なくともこの研究室ではやっていけない。

 

これを人に相談すると、「怒られないようにすればいいじゃないか」といわれる。でも、君はすべてを想定できるか?どうやったって人間には隙があって、忘れてしまうことがあって、怒られてしまう。怒られてしまうと、見えない魔物がまた一匹心に巣くって、僕の心臓を締め上げる。

 

こうやってつらつら書き連ねたことは、他人から見るときっと「言い訳」で、実際それは正しいのだけど、僕の心の中の問題が何も解決しない。

これが理由なんです、というかなり根本的な原因に心当たりがあるのだけど、それは「社会」では「言い訳」になってしまうらしい。僕自身もその原因に逃げてしまうことが多々あるので、人には絶対に言わない。その原因は無いように振舞って生きていくしかない。

 

誰かが「切り替え」ができるとよい、と言っていたので頑張ってみてるけど、寝ることでしか切り替えができない。その場でバチっと切り替えができる人は健常な精神状態の時でも心の中に人間が複数あるのだろうか。

 

今の僕だって、本当は誰かに泣き叫びながら抱き着いて許しを請いたい。でも成長するうちに、そんな姿は誰にも見せたくない、というプライドが芽生えてしまった。この問題は、自分で何とかしなきゃいけない。