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昇り降りの日々

弱い大学生の進捗日記

三か月の振り返り

年が明けて三か月も過ぎてしまった。例年に比べてましな状況なので、今のうちに振り返りをしておきたい。

 

・一月

21歳になった。相変わらずやる気が回復せず、死んだように生活していた。ボスに色々心配されたような記憶があるが、上の空だったのでどんなことを言われたのか正直覚えていない。例年に比べてやるべきことは少なかったので、あまり精神的に参っている、という状況ではなかったと思う。

 

・二月

履修解除に失敗し、大量に単位を落とした。新しくバイトをはじめ、どちらかというとそちらの方が忙しかった気がする。数物セミナーの合宿が近くなり、徐々にやる気が回復してきていた。仲の良い友人たちと同じ班であったこと、自分が昔からやりたいと思っていた参考書を選べたこと、そして何より他にやることがなく、時間が潤沢にあったせいでここまで回復できたのだと思う。

 

・三月

数物合宿に参加した。過去3回参加しているが、最高にうまくいったと思っている。天文学会も補助という形で参加できて、比較的学びも多かった。

今は勢いで勉強を再会し、微分幾何と一般相対論をやっている。ただ、授業や院試の中でこの勉強を維持することは非常に難しいと思うので、霧がいいところで一度切り上げておきたい。

 

 

 

この3か月で沈んだところから平常状態まで回復して学んだのは、定期的に何かしらの刺激を受けるべきだということ、そしてその刺激を受けるにあたって大事なのは、他にタスクが溜まっておらず精神的に追い詰められていない状況であること、ということがわかった。

 

この振り返りはまた6月ごろにしたい。

 

やる気があれば、初回ラボミーティングの後に前期のやるべきタスクを整理して、できるだけ余裕がある状況を早めに作っておきたいと思う。

唐突に回復した

唐突にやる気が回復した。

夏休みからかれこれ半年ほど、物理をする気が全く起きなかったのだが、どういうことだかここ一週間アホみたいに経路積分をしまくっている。

 

いいことなのかもしれないが、何の前触れもなかったやる気の回復が少し怖い。

落ち込んでいた位置から元に戻ったのか、それとも外的要因によって一時的に励起しているのか、自分でもよくわかっていない。

 

前者であれば自分の中で完結していて、単なる気分の浮き沈みと言えるのでまだいいが、後者の場合は、他人に影響されないとやる気が出ないというかなり悲惨な人間だ。

数物が近いので多分後者な気がする。いずれ脱励起するだろう。

 

「たまに出るやる気は、やる気ではなく気まぐれ」という言葉をどこかで見たことがある。今に自分にはとても刺さる言葉だ。

気まぐれでも、やる気のあるうちに色々やれることをやっておこう。

 

ただし、こういう状況の時に立てた計画は大抵実行できずに破たんするので、何も考えずに楽しい勉強だけをしておくつもりだ。

まああと半年で院試なのでそんな悠長なことも言ってられないのだが。

読書録をつけよう

2017年ももうすでに10日以上過ぎている。なんということだろう、もうすでに無為な時間を一週間以上も過ぎている。

何をしていたかと言えば、帰省して、下宿に戻ってきてTwitterを再開し、ひたすら寝るだけだった。また大学に行っていない。

 

今日でまたTwitterから少し離れることにして、その分をもう少し読書の時間に費やすことにした。無為な時間を過ごすよりましかもしれない。最近は週に1時間も読書をしていなかった。なのに1日に3時間以上はTwitterに張り付いている。立派な中毒である。結構時間を無駄にしている。

とりあえずタブレットで一冊、紙の本を三冊並行して読んでいて、そろそろ脳みそが整理できなくなってきたので、何かしらを読み切ったほうがいいかもしれない。

 

とりあえず今日読み終わった本について明日気が向いたら書くつもりでいる。今日書かない時点でいろいろお察しだが。

今年

2016年は、僕が初めて20代を迎え、それを過ごした年だった。

しかし今まで生きていた人生の中で、最も密度が薄い年だったと思っている。

 

最初の3か月は暗い月だった。大学には期末考査以外行かなかった。

3月には初めて数物セミナー合宿に参加した。いろいろな出会いがあった。

それから8月まで、また何もなかった。何かをした記憶がない。また大学には行かなった。外出もほとんどしなかった。

8月〜9月ははサマーチャレンジ、生物物理若手の会、数物セミナーの合宿に参加した。ここでもいろんな出会いがあった。

10月、夏休みが明け、僕の価値観を破壊する出来事が何度も起きた月だった。あらゆるショックのせいでまた大学に行かなくなってしまった。メンタルが弱すぎた。

 

もう12月。10月から何かした記憶がない。

 

大きな行事の数はおおけれども、その間を埋めている日々の生活に中身がほとんどない。

 

勉強もしていなかった、外出もしなかった、楽器にも触らなかった、大学のキャンパスからもほとんど出なかった*1。何かに打ち込むことがなかった。

ただ毎日、死んだように12時間以上眠り、起きてから3時間近く天井を眺めスマホを眺め、寮の談話室でぼーっとして、コンビニで簡単な食事を買って、またぼーっとし、眠れない苦しみをひとしきり味わった後、また死んだように眠る。

 

僕はこんな抜け殻みたいな生活を続けて、大学院まで行けるのだろうか。そもそも自力で生きていけるのか。娯楽に使う金もないのに、毎日意味もない生活を送る自分にお金をかけるのがアホらしくなってきた。生きるのに金がかかりすぎる。

 

来年はどうなるのだろう。これからの人生は、今まで積み立ててきたものを少しずつ削っては薄めて消費するような味気ない生活を送りそうな予感がうっすらしている。逃げ場はない。四方を現実に囲まれている。

*1:僕は寮住まいだから家がキャンパスの中にある

大学へ行こう

最近何をしたらいいのかわからない。今まで自分がどんな生活をしていたのか思い出せない。何故か講義に出ようとしても体が動かない。

勉強用の万年筆を握ったのは何ヵ月前なのだろう。大学の講義室へ行ったのはいつが最後なのだろう。

 

自分が無意味にとんでもない何かを消費しているような、そんな不安感が眠りを遠ざけている。何か恐ろしいものが、僕に襲いかかってくるような気がする。気がするだけで、その姿は見えない。

 

きっと今日も、日が登りエネルギー切れになるまで眠ることはできない。

アイドルと世の中

暗い世の中に流行るものの代表として(女性)アイドルのではないだろうか。将来を悲観したとき、誰かを養うとか、そうでなくとも、彼女を作ってお金をかけてあげることができない、もしくはそんなことしたくないと考える人間が多くなるだろう。でもそんな状況で自分に優しく微笑んでくれて、自分にない勇気をくれる、しかもCDを買ったりするだけでその子の応援になる、そんな女性がいるとしたらどうだろう。惚れてしまったり、応援したくなる人間が多く出てきても不思議じゃない気がする。

 

彼女たちはつらいことを乗り越えながら応援によって成功していき、時折奇跡(応援する人間の主観)を起こし、いつか暗い世のたくさんの人間に幸せや笑顔を振りまくアイドルになる、というのがよくあるサクセスストーリーで、それを通して応援する側はそんな大きなものを育てることができたという達成感みたいなものも得られる。

 

また彼女たちはそんなファンの見てくれ、性格がどんなものでも優しく微笑んでくれる。どんな自分でも認めてくれる。それは、自分にお金をかけて魅力的にしなくてもよくなるということにもなるのではないだろうか。そして気に入らなかったら簡単に乗り換えられる。現実で恋人を作るよりもお金も手間もかからずに経済的だし、何より精神的に楽だ。

 

 

何だってこんなことを書き始めたのかというと、僕も結局アイドル沼に片足を突っ込んでしまい、なんでこんなことになってしまったのか、とぼんやり銭湯で考えていたからだ。いつも以上に文章構成も考えてない上に特に深い考察とかはしてないので論理のほつれがあっても殴らないでください。というかそもそも世の中の明るさとの関係あんまり書いてないからタイトル詐欺っぽい。

ときめき

子供の時に感じたときめきというのは、意外に忘れていることが多い。誰しも心の奥底に、そんなときめきが残っているはずだ。そして昨日、それを思い出すような出来事が起きた。

 

中間テストもひと段落し、留年の危機を一時的に回避したので、気晴らしに開発の進んでいないキャンパスの東側を散歩していた。建物も建ってないので、古墳や城の跡などが残っていて、遺構が好きな僕としてはとても楽しめた。一通り楽しんだので、その場所をあとにしようとすると、近くにゴミが捨ててあるのが目についた。よくもまあこんなところに捨てるものだ、と思って近づいて見た瞬間、体中に衝撃が走った。それはエッチなDVDだった。鳥肌が立った。レンタルビデオ屋で見るようなあれとは違う、「草むらに落ちているエッチな本(の類)」を僕は10年ぶりくらいに見た。

 

近所の公園で、友人たちとエッチな本を漁った記憶、そしてそれをみんなで読むときの背徳感と羞恥心と好奇心、あらゆる記憶が蘇ってきた。そんな無垢な時代が僕にもあった。今となっては何だ、パソコンを叩けばありとあらゆるものがたくさん出てくる。僕は文明に甘え、そして子供のころの純粋な気持ちを忘れていた。

 

DVDを捨てた人はきっと、そんな現代の人間たちのあり方に一石を投じるために、法を犯してまで不法投棄をしたのだ。そうに違いない。彼はきっと今も、それを訴えるために、今日もエッチな本の類をいろいろな場所に捨てているのだろう。そんなことに思いを馳せていると、胸が熱くなった。

 

今日からはこの無垢な気持ちを忘れずに生きていこうと心に固く誓った。ありがとうエッチなDVD*1

*1:持って帰ろうと思ったけど中身がなかったので置いて帰った。先客がいたらしい