昇り降りの日々

学務様が見てる

自分の底に大きな「他人を傷つけたい」「不幸せにしたい」という感情がよこたわっていることにきづいた。

黒くてよどんだその姿はいつも良く見えないけど、今日久しぶりにその片鱗が見えた。

何がトリガーだったのだろう。

僕はあの人に後悔をさせたかったからあれをけした。

憎い、ムカつく、その感情を満たすためだけにあんなにつまらないことをした。

戒めとして消したつもりだったが、結局僕はその反応をうかがっている。

xxしてやる、xxしてやる、ずっと心の底から重い声が響いてくる。

違うはず、僕はあなたが好きだったはずだよ、なんでだろう。

煙で沈めて、眠りにつく、つけない。

目が冴えちゃった。

消える手

指の先が痛い。

空気そのものが冷える寒さは、スマホを持ちながら歩く現代人に容赦なく罰を与える。

諦めて手をポケットにしまって、回りの景色を眺めながら歩く。

大学の中はいつにもまして観光客ばっかりで、少しだけうんざりする。

痛くて手をしまったのに、タバコを吸うためにまた指先を外気にさらす。

これくらい冷えていた方がタバコは美味しい。

何書きゃいいかわかんなくなってきた。

雨は降っていない、乾いた冷たい空気のなかで歩くのが好きだ。

鼻の奥を突き刺すような痛みと、お気に入りのマフラーと、勢いよく吸い込んで苦く燃える煙と、そのあとに深呼吸をしながらする散歩が好きだ。

次の時間まで余裕があるなかで、一歩の大きさを変えてみたり、踏み込むまで浮遊する時間を伸ばしてみたり、橋の上で回って、くるくると巡る池のほとりで本を読む。

ずっとこのままでいたいなぁ、誰ともさよならをいいたくない。

どこか

僕がぶつかるものは大抵「僕が子供だ」ということで説明がつく。

あれもしたい、これもしたい、だけどあれに伴うことはしたくない、美味しいところだけ食べたい。

理想化だけが得意になって、綺麗な上澄みだけを何不自由なく好きなだけ接種して生きてきた。

誰かの加護を受け続けて生きてる、強くそれを自覚しているのにそこから脱して自由になりたいと思っている。

そうやっていろんな環境を転々として、都合のいい港を見つけて、怖くなったらまた放浪して、物が足りなくなって、また誰かの加護の元で生きる。

今は可愛がってもらえる歳だと思う。

まだ初めたばかりだから、まだ学生だから、僕の代わりに責任を負ってくれる人がいる。

それが当たり前に存在し続けると思っている。

『自由になりたい』という言葉は、この用意された庭のなかで自由になりたいという意味だ。

けれどこれからそれは許されない。

自由になるということは、全て無くなることだ。

何かを叶えるということは、何かを差し出すことだ。

サイコロの目を操れたら、何にも侵されない場所に行けたら、空気がなければもっと早く空を飛べるのに。

駆動装置を燃やして、そこまで冷えた胸の底に火をくべる。

もう、このまま自ら燃え上がることはないくらいには、『上手くいかない世界』を知っている。

20200121

バイト

マジで行くのがだるかったけどちゃんと行った。偉すぎる。

あんまりやることなかったのだけど、ミーティングに向けてデータをまとめてたらいつの間にか定時を過ぎていた。

昨日までは「大学を満喫しないとな…バイトしてる場合じゃない…」って思ってたんだけど、今日バイト行ったら「バイトの方が楽しいー!」って気持ちになる。

色々単純だな、動くまでは億劫だけど動き始めたらすぐ傾く。

煙灰

誰もいなくなった部屋で、貴重な土日を引きこもったまま終えようとしていた。
金曜日は飲みに出て、気がついたら部屋のベッドで寝ていて、そのまま必要最低限の活動をベッドの中でし続けた結果だ。
インスタを見て、Youtubeを見て、Twitterを見て、を繰り返していると1日なんてあっという間に無くなってしまう。大半はYoutubeだけど。
このままじゃいけない、と思った20回目くらい、やっとお風呂に入って、その勢いで普段着を着て外に出る決心を固める。
着替えた後もまた布団の上でうだうだとして、結局家から出たのは決意を固めてから2時間後のことだった。

外はもうとっくに暗くて、寒くて、ようやく固めた決意がまた揺らぎそうになる。
ワンルームの引力を振り切って、まずは第一チェックポイントのコンビニへ向かう。
鼻の奥が凍りつく感覚に耐えながら歩いていると、嗅ぎ慣れた煙の匂いがした。
心臓が不自然なリズムを刻む。もしかしたら何かの気まぐれで彼女がここにいるんじゃないか、そんな思いが足を反対方向に向けようとする。
煙の主を確認しないまま、視界を避けるように不自然な経路を歩いたり止まったりする。
頭の中のシミュレーションは既に主が彼女であることを前提に進められている。
何事もなかったかのように話しかけるか、それとも彼女は気分が変わって私たちの部屋に帰ってくるつもりかもしれない、見なかったふりをして部屋に戻るのが得策ではないのか、とか。
コンビニの影で息を整えながら、体感2時間の脳内大会議は結論を出す。
当たって砕けろ、プランAだ。意を決して表側へえいやと体を投げる。
緊張で絞られた視界の隅に人影を確認しながら、話しかけるタイミングを伺う。
瞬間、大きな包丁でドスンと心臓を下から突き上げられたような鈍い痛みが走る。
煙の主は彼女ではなく、仕事帰りのおっさんだった。
不要な妄想で精神をすり減らしている自分がアホらしくて、惨めで、笑う元気さえ出てこない。
ああ、私はまだ彼女が帰ってくるなんて未練たらしい考えを捨てられない。
今までの挙動不審な行動が彼女に見られていたんじゃないか、そんなありえない被害妄想が頭を支配して、足が全直で部屋へと駆ける。
走る間、その被害妄想さえも、彼女が私をどこかで見ているという未練から生まれるものだと気づいて、視界が、気道が一層狭くなる。
早く部屋にたどり着きたい一心で足は周り、肺は空気を欲し、狭い気道を冬の空気が凍らせて、溺れまいと暴れて余計に事態が悪化していく。

靴のまま勢いよく部屋に飛び込み、ベッドと机の間に全身で勢いよく着地する。
床に頭を打ち付けた衝撃の中で、そういえば鍵を閉めずに出て行ったんだな、と冷静な自分が考えている。
どうやら脳に再び酸素が流れ始めているらしかった。
荒い息のままベッドの下に目を向けると、見覚えのある水色の箱が落ちている。
背中で地面を這いながらそれに手を伸ばすと、例の煙草の箱だった。
箱を開けると、葉の落ちた煙草が一本とライター。
寝転がったまま最後の一本をくわえて、火を付ける。
荒い息のまま吸い込むと、肺に異物が入る感覚でむせかえってしまった。
コンビニで嗅いだ匂いに似ているけど何か足りないような気がする。
冬の匂い、そうだ、彼女はいつもベランダで煙草を吸っていた。
立ち上がる元気もないまま窓を開けようとしたがうまくいかず、灰が落ちてカーペットに穴が空いた。
不完全な彼女の残り香が部屋に、指にこびりついた。

波間に揺れる

私の故郷には小高い崖があって、そこから世界の向こう側までを見渡せる。

私は夜になると意味もなくここに度々やって来る。

目の前にはただ真っ暗闇のパノラマに月の光が反射していて、それに誘われるように一歩踏み込めば命の亡くなる奈落がある。

波の音は、よくあるような寄せては返すような優しいものではなく、ゴォォ、とただ私のいる崖に向かってくるような音だ。

寝転がって目を瞑り、その音に身を任せると、波が地鳴りのような音を立てて私をさらいに来る。

何十メートルもありそうな崖を波は軽々と越えて、ゆっくりと私の体を持ち上げる。

気がつけば港の明かりは遠くになって、私は海の真ん中に浮かべられていた。

このまま海に沈んで、音が、月の光が遠くなっていく。

海底に沈むとそこにはランプがあって、それに灯をともすと、過去のいろんな思い出が見える。

灯が弱くなっていくにつれて見えてくるのは彼女ばかりで「帰りたいな」なんてことを考える。

やがて灯が消えると、辺りは真っ暗だった。音も聞こえない。そういえば、息はいつからしていない?

途端に息が苦しくなって必死にもがくけれど、上と下もわからなくて、意識が遠くに消えていくのと一緒に、希望も見えなくなっていく。

何もない海の中で、地面を踏みしめる音が聞こえてくる。

それが希望のように聞こえて、思い切り手を伸ばすと、ぐいと引き上げられて、元の崖の上に立っていた。

「よく眠れましたか?」

「ただいま、おかげさまで」

灯の向こうに見えた笑顔の方が良くできていたかもしれない、と言ったら怒られるだろうか。

でも本物は灯のように消えず目の前にある、好き勝手はできないけれど、ただその一点で幻には勝てない。

what is the girl made of

もしお菓子でできた家が本当にあったなら、あっという間に虫に集られて、見るも無惨な姿になってしまうだろう。

昔の詩人曰く、女の子は砂糖とスパイス、そしてステキなもので出来ているらしい。

きっとそれは一部本当だろう、美しい彼女はまるで砂糖菓子のような香りがするのだ。

もし彼女の心が、体が、髪の一本までそんなもので出来ているとしたら、私はそれに集る虫の一匹なのかもしれない。

いつか彼女を食い尽くして、ボロボロにしてしまう。

美しいままでいてほしいという願いとは裏腹に、私を飢えさせる本能が隙間から顔を出す。

だから毎日砂糖を溶かした薄い水で飢えを癒して、彼女を遠くから眺めている。

私はいつまでこの渇きに耐えられるだろうか。

もし魔法が使えるなら、私も彼女と同じ体の作りになってほしい。

たった一晩でも彼女と対等に過ごせたら、その思い出を胸に、私を惑わす火に身を投げるだろう。

もしくはいっそ、彼女を灯火に変えてしまおうか。

そうすれば私は彼女の命の息吹きの中で、その礎として消えていける。

そんなことを考えているうちにまた夜が明けて、甘い香りが私を誘惑しに来る。