昇り降りの日々

学務様が見てる

与えられた環境の中で生きる

自分は今特に大きな失敗や挫折をすることなくそれなりのところまで来ている。ただこれは自分で『勝ち取った』ものではなく『与えてもらった』ものなのではないかと思い始めた。

 

例えば、今所属している大学は結構すごいところだと思っている。そこに所属している人達も、当たり前のように接しているがとてつもない戦争の中を勝ち抜いてきた人たちだ。ただ自分はそこに似つかない人間だと感じる。
僕は大学に一般ではなくAO入試で入学した。試験はあるものの、専門にかなり特化した試験なので一般に比べれば求められるレベルは専門外に話を限れば低くなる。僕はたまたま専門が出来たからよかったものの、化学や数学は本当に普通の成績だったので一般で受かってたかどうかはわからない。

例えば、僕は4年で大学を卒業できた。
けれどこれは、僕の所属する学科が他には存在しないかなり特殊な単位認定をしていること、そして研究室のボスの手や友人の手を借りられるだけ借りて成しえたことである。本当に運がよかったと思う。

例えば、僕は大学院に合格できた。英語のスコアが消失したのでそれなりに努力はしたものの、やはりボスの加護が多少あった*1

 

僕が今「大変」だとか「辛い」と感じるのは、自分の能力で勝ち取れるものを勝ち取ったのではなく、与えられた環境の中で生きているからだと思う。自分の能力に見合わない場所に特別に住まわせてもらっている、たぶんこれが正しい認識だと思う。
うまくやっていけるように人並以上の努力はしたつもりではいるものの、追いつけているのかはわからない。

自分自身で勝ち取れるかどうかを試されるときが遅かれ早かれやってくる。それまでに、今いる環境をできるだけ生かして、自分を作り替えなきゃいけない。

*1:裏口入学という意味ではない。一応正当に入学した証拠はある