昇り降りの日々

学務様が見てる

they call it XX

早起きしてゆっくり準備して、いつも通りに髪を乾かして、いつも通りに家を出ると、下り坂の向こうに風船が飛んでいた。

朝の8時半なんて時間に似つかわしくないそれは、僕のことなんか気に留めずにふわふわと宙に上っていく。

何日かぶりに帰ってきた寒気の中で、それを立ち止まったままぼうっと眺めていた。

今思うと『なんでこの時間に?』『誰が飛ばした?』『どこから飛んできた?』なんてことを考えるけど、今朝の僕はそんなことも、次の電車の時間さえも頭の中からすっぽ抜けていた。

やがてそれが見えなくなるくらい高く上がった頃、首の痛みで我に返った。

だらしなくスマホを握ったままぶら下がる右手は感覚が消えるくらいに冷え切っていて、急いでポケットに避難させる。

その間ずっと暖を取っていた左手の時計を確認したら、いつも遅刻ギリギリで坂を下っている時間だった。

あれだけ時間に余裕をもって家を出たのに、結局いつも通りの余裕のない出勤になって、全力疾走で坂を下る。

いつもは無理やり回す感覚の足だけど、今日は少し宙に浮いているかのように軽い。

下り坂が終わるのが惜しいと感じるくらい、走ることに喜びを覚えていた。

でも横断歩道を渡ったところで今日は終わり。僕の乗る電車は地下に潜り、谷の底を目指す。

あの風船に名残惜しさがあったわけではないけれど、垂直に開いていく距離に若干の寂しさはあった。