昇り降りの日々

学務様が見てる

20190604

地獄

バイトで依頼されていた作業がようやく終わった。
間違いなく今までで一番簡単ではあったが、構造の問題もあって一番大変で神経がちぎれそうだった。
あれは確実に拷問の一種。
例えるなら、エクセルの計算をセル毎にそろばんで検算するような作業だった。

仕様と最終的な実装に相違が出るのはしょうがないが、その記録が中途半端に残ると情報が錯綜して死ぬ。
仕様変更がかかったら元になる仕様書にも変更をかけて欲しいが、複数の人間と仕様が絡むと、使用する書類が増えて散逸する。
多分これが全ての元凶なんだけど、じゃあこれを改善するにはどうしたらいいかというと、出来るだけ関連する仕様は一気に変更をかけることだが、そんなの無理に決まっている。
もう少し編集しやすい仕組みがあればなぁ。
そもそも参照するテーブルが多すぎる。
AがBを参照して、BがCを参照して、それを繰り返している。
マジでどうにかならんか。
一箇所を変更すると全てに変更かけるようなシステムができればいいけど、それも少し厳しい。

仕様書にいかにきれいに情報をまとめるか、きっと永遠の課題なんですよね。 そのまとめ方がファイル参照やシステムの構造そのものに直結してるっぽいし。 って思うと最終的なメンテナンス性に耐えうるような情報のまとめ方や配置をしないといけない。 もちろんフォーマットもエクセルに限らず色々な方法を探るべきだと思う。

なんであれ、最後まで絶対に崩さない規則と規格化を徹底しないと技術的な負債が溜まっていく一方で、いつか決壊する。
僕と同じ苦しみを味わう人が出ないようにシステムを考えたいけど、うーん難しい。

ところで、まだ我々は「自分達で切った仕様を自分達で実装する」側の人間だからいいが、「上から降ってきた意図のわからない仕様を実装する」ってなると地獄なんだろうなと思う。 僕が見た地獄よりも地獄ってなんだろう。。。

人と話す

友人と二人で飯を食いながら「将来こういうことがしたい」みたいな話をした。
正直かなりふわっとはしてるものの、こうやって喋ると脳内でゆるくインプットされたものがはっきりとした境界を持ったパッケージとしてアウトプットされるのですごく気持ちいい。

それはそれとして、割と今日の話には思うところがあった。
僕は今まで大きいコンテンツばかりを貪ってきて、それしかやりたくないと思っていたが、ある程度スケールの小さいものを少しずつ摂取するようになって、色々なコンテンツを作ることに対しての抵抗がなくなってきたように感じている。
多分僕はもともと小さいものから大きいものに何かを育てる覚悟がなくて、最近それにやっと気づいた。
なので出来るだけ小さいスケールのものを摂取して、それを育てるイメージを持つようにしている。

そこでやってきた今日の「敷居を下げる」という話だったので、まぁ、かなり自分の思考自体の整理にはなった。
でもあの時言ったアナロジー1個も成り立ってなかったことに後から気づいた。
うーん、新しい構造ってなんだ。
音楽業界の構造を用いるなら「一人が大きな事務所に所属して、別々のレーベルから作品を出す」イメージ。
無茶苦茶すぎるな、難しい。