昇り降りの日々

学務様が見てる

波間に揺れる

私の故郷には小高い崖があって、そこから世界の向こう側までを見渡せる。

私は夜になると意味もなくここに度々やって来る。

目の前にはただ真っ暗闇のパノラマに月の光が反射していて、それに誘われるように一歩踏み込めば命の亡くなる奈落がある。

波の音は、よくあるような寄せては返すような優しいものではなく、ゴォォ、とただ私のいる崖に向かってくるような音だ。

寝転がって目を瞑り、その音に身を任せると、波が地鳴りのような音を立てて私をさらいに来る。

何十メートルもありそうな崖を波は軽々と越えて、ゆっくりと私の体を持ち上げる。

気がつけば港の明かりは遠くになって、私は海の真ん中に浮かべられていた。

このまま海に沈んで、音が、月の光が遠くなっていく。

海底に沈むとそこにはランプがあって、それに灯をともすと、過去のいろんな思い出が見える。

灯が弱くなっていくにつれて見えてくるのは彼女ばかりで「帰りたいな」なんてことを考える。

やがて灯が消えると、辺りは真っ暗だった。音も聞こえない。そういえば、息はいつからしていない?

途端に息が苦しくなって必死にもがくけれど、上と下もわからなくて、意識が遠くに消えていくのと一緒に、希望も見えなくなっていく。

何もない海の中で、地面を踏みしめる音が聞こえてくる。

それが希望のように聞こえて、思い切り手を伸ばすと、ぐいと引き上げられて、元の崖の上に立っていた。

「よく眠れましたか?」

「ただいま、おかげさまで」

灯の向こうに見えた笑顔の方が良くできていたかもしれない、と言ったら怒られるだろうか。

でも本物は灯のように消えず目の前にある、好き勝手はできないけれど、ただその一点で幻には勝てない。