昇り降りの日々

そっとしておいてください

教えるという傲慢

同じようなことをひかるさんが書いていたけど気にしない。

 

何気なくラジオを聞いていると、「僕たちの子供に教えてあげたい 本当は○○がxxなんだってこと(うろ覚え)」みたいな曲が流れてきた。ほーん、と思って聞いていたが、よくよく考えたら結構ヤバイ歌詞だ。何が真実かなんて時代によってコロコロ変わるし、そもそも何が正しいかなんて教えてもらうものではない。それを教えてやろうなんて上から目線も甚だしい。

 

 

僕は昔、教師になりたいと思っていた。そのために教職課程の単位も教育実習を残して全て揃えた。

いつか恩師がしてくれたみたいに、誰かを教え導きたいという崇高な志を持っていたが、ある日突然「僕は何を教えたいんだ?」と思い始めた。

教師になりたいと思っていた頃は、自分の行動や思想が正しく、社会をきっと豊かにするものだと信じきっていた。そして同じような人間が増えれば、この世はさらに豊かになるとどこかで思ってしまったのかもしれない。もしくは僕がした失敗をさせなければもっと素晴らしい人材が育つはずだと思ったのかもしれない。

こういった自分の思考を省みたとき、とても怖くなった。自分は無意識に思想の統一をしようとしていたのだろうか?

物を教える人はそれが正しいと信じて疑わずに教えてるのではないか?と考えるととても恐ろしく感じた。

もちろんこれは極端な妄想であり、教えることについて自ら批判をしながら何かを教えている人がいるのかもしれない。しかし高校までを振り替えると、そういうことをしながら教えていた人は数えるくらいしかいなかったように思う*1

 

この考えは、「子供が欲しい」という願望にもそのまま適用できると思っている。

僕はごく稀に子供が欲しいと思うことがあるのだが、何でそんなことを思ったんだろう、と考え直すと、やっぱり自分の都合のいい教育をしたいという悪い欲求*2が根底にあるっぽい、ということがわかった。

 

こういうふうに文にすると、自分への戒めになる気がして書いた。

*1:主観。

*2:これも主観

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